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最高裁判所第二小法廷 昭和22年(れ)273号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

被告人の辯護人森井喜代松上告趣意書第一點は「原判決ハ其ノ事実理由ニ於テ「被告人ハ昭和二十二年四月十三日午前十時頃福岡懸田川郡採銅所驛前を通りかゝった際友人岡田勇雄が岡崎春三(當時十九年)と口論しているのに出會ったので岡田に加勢して……中略……午後二時頃臺から講堂階下に呼出され長さ三尺拇指大 杉棒で頭部を二、三回強打され剩え胸を掴まれ首を締めつけられる等の暴行を受けたためひどく憤慨し隠し持っていた前記七首を抜放し逃げようとする臺の後を追て校庭に出た時突然岡崎が横から出て來て被告人の頭を二、三回毆打したのでいよいよ激昂し右七首を以て同人の腹部を突刺……中略……同人をして翌十四日午前三時頃田川郡香春町淺野病院で死亡するにいたらしめたものである」ト認定シ證據トシテ、「原審第一回公判調書中七首借用の點及創傷の部位、程度並びに死因の點を除いて被告人の判示同旨の供述記載」ヲ引用シタリ。然レドモ同證據ハ昭和二十二年四月法律第七十六號日本国憲法ノ施行ニ伴ウ刑事訴訟法の應急的措置ニ関スル法律第十條第二項ニ所謂「強制による自白」ニ該當シ其ノ證據力ヲ有セザルモノト思惟ス。即チ同法ノ拷問、脅迫ハ強制ノ一種ニシテ拷問、脅迫ハ例示ノ規定ト見ルベク強制ハ総テノ強制ヲ包含スルヤ疑ヒヲ容レズ。從テ供述者ノ心理ニ相當ノ影響ヲ與ヘタル程度ノ強制ハ廣ク包含スルモノト解ス。元來第二項ハ第一項ヲ擔保スル規定ニシテ同解釋ハ其趣旨ニモ適合スルモノト謂フベシ。違法ノ誘惑、誘導又ハ詐言ニヨル自白ハ直接右規定ニ抵觸セザルモ本規定ノ精神ニ鑑ミ斯ル自白モ證據能力ナシト解スルヲ正シト信ズ。(昭和二二年七月號法律時報第二〇四號二二頁刑事新立法について、團藤重光参照)之ヲ本件記録ニ觀ルニ、原審昭和二十二年九月十五日第一回公判調書中一六一丁問学校ニ行ッテ怎ウシタカ。答学校ニ行キ講堂ニ上ッタ處岡崎、臺モ居リマシタ。……中略……一六二丁「何故要ランコトヲ言フカ」ト言ッテ其ノ棒デ私ノ頭ヲ一、二回叩キマシタ。私ハ痛カッタノデ後ヘ退ッタ處臺ハ後ロノ板壁ニ押付テ胸倉ヲ掴ンデ首ヲ絞メタノデ私ハ臺ヲ拂ヘノケ右手デ七首ノ鞘ヲ拂ッタ處臺ガ逃ゲタノデ私モ逃ゲマシタ。問被告ガ逃ゲタノデハナク被告ハ逃ゲル臺ヲ追掛ケタノデハナイカ。答私モ同時ニ逃ゲタノデアリマス。處ガ臺ハ又引返シテ私ニ叩キ掛ケマシタノデ私ハ七首ヲ右手ニ持ッタ侭講堂ノ入口ノ處迄行ッタラ臺ガ又私ノ顔面等叩イタノデ私ハ持ッテ居タ七首デ相手ヲ刺シタノデアリマス。私ハ其ノ時岡崎ガ其處ヘ出テ來タコトニハ氣ガ付カズ全ク臺ト思ッテ刺シタノニ岡崎ガ來テ居タノデ人違ヒデ岡崎ヲ刺シタノデアリマス。一六四丁、問被告ハ豫審デモ原審公判デモ臺ヲ追駈ケタト斯樣ニ言フテ居ルデハナイカ。……中略……答私ハ追掛ケテハ居リマセヌ。臺ガ引返シテ來テ又私ニ毆リ掛ッタノデ私ハソレヲ突イタラ臺ト思ッタノガ岡崎デアッタノデアリマス。問被告ハ右讀聞ケタ樣ニ豫審デモ岡崎ガ臺ノ右側ニ出テ來タト述ベテ原審公判デモ同樣ニ言ッテ居ルガ怎ウカ。答私ハ問ハルル侭ニ只ハイハイト言ッタ丈ケデスガ岡崎ガ臺ノ右側ニ出テ來タコトハ知リマセヌ。刺シテ後岡崎ト言フコトガ判ッタノデアリマス。トアリ。同供述ニ徴シ洵ニ明白ナルガ如ク原判決ハ違法ノ誘導ニ因ル證據力ナキ第一審公判調書ニ於ケル被告ノ供述記載ヲ本件斷罪ノ證據ニ引用シタル違法アリ破毀ヲ免レザルモノト信ズ。」といふにある。

しかし、原判決が其の摘示事実中所論の點に關する處據として引用したところは、第一審の第一回公判調書記載の被告人の供述であって、右供述は公開の法廷において被告人が何等の拘束を受けることなく自由に供述したもので、被告人が強制、拷問、脅迫、誘導等を受けたと認められる事実は存しない。然らば被告人の右供述は他から不當な影響を與へられたためにしたものではないから之を證據としても何等さしつかえない。論旨は理由がない。

被告人の辯護人川島英晃上告趣意書第一點は「原審(第二審福岡高等裁判所)判決には示すべき重要なる判斷を遺脱したる違法即ち理由不備の違法がある、本件犯罪が行われたる後被告人は司法警察官憲たる福岡縣田川郡香春町にある警部補派出所に自首を爲したるものなる事は一件記録第拾参枚より貳拾枚に渉る福岡縣警部補榎本正人作成の自首調書により明であり、第二審公判調書記録百六拾六枚表に被告人が自首したる旨申立てたる旨の記載の存する通りであります、自首は現行刑法四十二條に刑の減輕の一要素と規定せられ、刑法改正草案には六十條にて刑の減免の事由として一歩を進む、此れにより之れを見れば自首の行爲は被告人の犯行に對する認識測定に関し又改悟の認、不認につき重要性ある事を示す次第なるは言を須たざる處であります、斯の如く自首は犯罪行爲の事後直後に於ける重要なる觀點の一であり從って態様の一部をなすものであるとも言へる、判決としては此れに對し自首が減輕の條件の一たる點と共に當然に判斷を加ふべき重要點たるものとして判示すべき必要ありと思ふ、犯罪の不成立、犯意阻却の事実と必しも同一なりと云ふにはあらざるも之に準ずるを適當とするものありと考う、然るに本件にて第二審判決判示には此の點につき何等の説示なく且つ法條適用にも此れに考慮を拂ひたる適用の説示を缺き證據説明にも自首調書等の摘示なし、即ち原審は被告人が自首行爲には何等判斷を加へざりしは明々白々の事実であります、自首行爲が刑の量定に関し現行法は減刑の事由の一であり爲めに法條の設けを見る重要なる事由たる點に照し原判決は此の重要なる點に関し判斷を遺脱したるものとして審理不盡從って理由不備の違法を免れずと信ず」といふにある。

本件で、被告人が自首したものであることは所論の通りであるが、自首減輕を與へると否とは事実審裁判所の專權に屬することで之を與えない場合、特に自首の事実を判決に判示する必要はない。然らば、原判決が被告人が自首した事実を摘示せず又之に関する法條を示さなかったとしても、何等違法はない。論旨は理由がない。(その他の上告論旨及び判決理由は省略する。)

以上の理由により本件上告は理由がないから、刑事訴訟法第四百四十六條により、主文のとをり判決する。

此の判決は裁判官全員の一致した意見によるものである。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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